今年の彼岸花 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 9月 30, 2022 今年(2022)の彼岸花探索先は、京都府亀岡市の穴太寺(あなおじ)付近でした。以前に紹介した巾着田(埼玉県)は全くの観光地ですが、こちらは田んぼのあぜ道に咲いています。訪問日(2022.9.24)はまさに真っ盛り。一部は枯れ始め、でも一部はこれから咲くぞという感じです。ご興味のある方、たぶん、あと1週間で終わっちゃいますよ。急いでください。このあたりは、彼岸花が終わると、コスモスの盛りになるようです。あるまかんポイント・この記事を書いた前後から、新聞でもヒガンバナの記事を多く見かけるようになりました。来年はどこか訪れてみたいものです。・奈良の飛鳥もヒガンバナが有名だそうです・兵庫県加古川市の円照寺で5色のヒガンバナが咲くそうです・徳島の勝浦町では道路沿い300メートルがヒガンバナで真っ赤に染まるそうです リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
柿食えば・・・・ - 11月 23, 2025 「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」という俳句がある。つい最近まで、芭蕉か、一茶の句だと思っていたが、子規の句らしい。「つい最近」とは、3分前のことである。3分前までは、芭蕉か一茶だと思っていた。 調べてみたら、違っていた。 子規といえば「またおかしき」ではなく、「まさおかしき」であるが、そんなことはどうでもいい。 子規は、「ああ、法隆寺で鐘が鳴っていることよ」と感じた。ということは、子規は、法隆寺には、いなかった。たぶん、隣の中宮寺にいた。私は、中宮寺の半跏思惟像よりも、広隆寺の半跏思惟像のほうが好きだ。中宮寺は観音菩薩で、広隆寺は弥勒菩薩である。 話は「柿」である。 柿には、すごい力がある。鐘を鳴らす力の話ではない。柿の味の話である。 子規が、どんな柿を食べたかは。知る由もないが、硬い柿だったのか、ジュクジュクの柿だったのかを想像してみたい。硬い柿は、あまり味がない。歯応えはある。ジュクジュクの柿は、甘い。驚くほど甘い。感動するほど甘い。しかし、歯応えはない。 美味しいのはジュクジュクだが、子規が食ったのは、硬い柿である。硬い柿でないと、鐘は鳴らせない。 考えてみてほしい。硬い柿も、ジュクジュクの柿も、同じ柿である。硬い柿と、ジュクジュクの柿の間には、「グラデーション」がある。と、思いませんか。徐々に、味が変化していくと、感じたことはありませんか。最後には、干し柿にまでなる。 例えば、リンゴ。リンゴにはグラデーションはない。と思う。例えば、バナナ。美味いか、臭っているかのどちらかしかない。グラデーションはない。ミカンも、グラデーションはない。当然、スイカもない。ましてや、ブドウに、あるはずはない。マツタケはわからないが、マツタケは果物ではないので、どうでもいい。モモも、グラデーションはなさそうだ。 で、柿を食えば、鐘がなるのである。ジュクジュク柿を頑張って食べている時には、鐘の音なんて聞こえるはずがない。 正岡子規は(マタオカシキではない)、熟す前の硬い柿を食べて、「熟すまで待つ忍耐が必要」と言いたかったのだ。きっと、そうに違いない。 続きます・・・・・ »
朋あり遠方より来る x 3 - 11月 24, 2022 この1週間で偶然にも次々と3人の旧友に会いました。 最初に会ったのは高校時代の友人のK氏。「仕事で君の家の近くに行くから、帰りに一献」というメールが来たので近所の焼鳥屋へ。コロナ禍ということばをあまり使いたくはありませんが、外食をするのも気を使うような状況になってから初めての友人との会食でした。と言ってもK氏は酒を飲まないので、彼の話を肴に私だけが酒を飲んでいました。彼によると「来年の3月で雇用延長期間も終了し、その後は自由人になる予定。ただし、今の仕事を引き継いでくるれる後輩がいないので、その部分だけ呼び出されて嘱託として仕事をするかもしれない」とのこと。 次に会ったのが小学校6年間と中学校3年間ずっと同級生のS氏。近所に住んでおり、3年前までは3か月に一度くらい飲みに行っていたのですが、最近はLINEで「元気か?」だけで終わっていました。自転車での買い物帰り、偶然、彼も夫婦で自転車で走っているところに出会い、立ち話。「来月に雇用契約が終了するので、今、有給休暇の消化期間中」とのこと。 3人目は東京での仕事仲間で、現在は山形で仕事をしているU氏。4年ぶりに「明日、そちらに行くので遊んでくれませんか」というメール。東京時代は2人で飲み歩いていた仲で「もちろん」としか返事をするはずはなく、翌日の昼からビアホールとショットバーのはしご酒。U氏によると「10月に、突然、11月で雇用契約が切れるが再契約無し、と言われ憤慨中。春からずっと契約はどうなるのかと質問していたのに返事はなく、今になってひどい。でも、まあ、もういいかと思っている」とのこと。 三人三様の(私を含めると四人四様)人生ですが、定年後の仕事について同じような情報が聞こえてくる1週間でした。「コロナ何するものぞ」でがんばりましょう。 続きます・・・・・ »
「ワークライフバランスなんてくそくらえだ」と言ったのですよね?(ワークライフバランス その4) - 10月 04, 2025 自民党総裁選で勝利した高市早苗氏の「ワークライフバランス」発言については、既に、違和感を感じておられる方も多いと思うが、ここで私見を述べさせていただく。 高市氏は「私は総裁になった。今後は、ワークライフバランスというようなことを考えずに、国民のために仕事をする」という趣旨の総裁着任の挨拶をした。 これは、間違いなく、小泉氏への嫌味である。小泉氏は、ワークライフバランスの名のもとに、育児休暇を取得した。高市氏は、「そんなことでは、国民のための仕事はできない」と言いたいようである。また、「だから、あんたは負けるんだよ。ざまあみろ」と表情で付け加えているように見えた。また、これは「挙党態勢」と言いながらも、その気がないことを意味している。 ただし、国民のために仕事をすることと、ワークライフバランスには、何の関係もない。高市氏は、しかし、何らかの関係性を見ている。つまり、氏の周りには、必死で仕事をしない政治家が多いということだろう。 もう一つ問題がある。氏は「ワークライフバランス」を「時間」という「量」で捉えている。これは、かねてからの議論ではあるが、ワークライフバランスは、量ではなく、質の話である。つまり、高市氏が「寝食を忘れて」仕事をすることが、氏にとってのワークライフバランスのはずであり、時間の問題ではないはずである。(「寝食を忘れて」が「ワークライフバランス」の代わりに使うべき言葉であったにも関わらず、氏は、語彙不足であった。) もう一点。ワークライフバランスは、もともと、「仕事をしている女性が家庭のケアができない状況を改善する」ための言葉であった。つまり、女性をサポートするための考え方が源である。高市氏は、それを「ワークバランスなんて言ってられない」と片付けてしまった。是非はともかく、世論からはかけ離れている。 安倍政治を継承するという意味が、右傾化だけではなく、「言葉を弄ぶ」ことの継承にならないことを望む。 ワークライフバランスの定義は、人によって違う。それは、業種、職種によっても違うし、ポジションや能力によっても違う。性別によっても違う。個人の家族構成や家計の状況によっても違う。当然、価値観によっても違う。つまり、「質」の話である。しかし、質は測れない。だから、「時間」を尺度としてしまうのも致し方ないとも思うが、だからこそ、軽々しく使ってはいけない言葉である。... 続きます・・・・・ »
コメント
コメントを投稿